「正しさにこだわる人ほど生きづらい理由|自信がない人が陥る“正しさの呪い”」

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男性上司、規則、ルール、正しさ、正義、押し付け、老害という言葉が当ては余る社会の構図を表した画像 人間関係の悩み
相談さん
相談さん

私の周りにはだらしない人が多くて、過ごくストレスなんです。すぐサボるし、ルールは守らないし、私がどれだけ言っても治らない。

相談さん
相談さん

なのに指摘すると私が悪者みたいに扱われてとても不愉快なんです。どうしたらみんなに理解してもらえるんでしょうか?

白ぶどう
白ぶどう

なるほど、みんなのお手本になろうとしているんですね。

白ぶどう
白ぶどう

それ自体はとても素晴らしいことだと思います。でも、それを周囲に押し付けるようになっていませんか?

相談さん
相談さん

わかりません。私は間違っていると思うことをただ指摘しているだけで・・・必要なことだと思っています。

白ぶどう
白ぶどう

もしかしたら相手にも何か事情があるかもしれませんよ?必ずしも正論が正解ではありません。ルールが正解とも限りません。まずは相手の背景を想像し、少しでも許せるようになると気持ちが楽になると思います。

精神科で働いていた頃、ある共通点をもつ患者さんたちをよく見かけました。
それは、「正しくあろうとする力が異様に強い」という点。

ルールを厳密に守り、間違いを極端に恐れ、常に「正しい側」にいようとする。

一見すると、誠実で真面目な人に見えるんですけどね。

けど、その内側には人並み以上に強い不安と自己不信が隠れているんです。

自分で考えることが難しく、ある意味で思考停止になっちゃってる感じです。

過去の辛い体験や挫折経験から自分に自信が持てなくなってしまった人、それ以外では日々鬱々とした抑うつ傾向の人もこれに該当します。

人は抑うつ状態に近づくと、思考力が極端に低下します。それは脳の前頭葉が血流不足になることが原因なので誰も抗えません。

思考力が弱る・・・ということは、より考えの深度が浅くなりやすく、結論が短絡的になりやすいということ。

すると人は間違えないように、既存のルールや規則に従順になりやすくなるんです。

だって従っていれば間違えませんからね。

でもそうやって疲弊したあなたから世の中は平気で時間や労力、お金を搾取していきます。

正しくあろうとすること自体は良いことです。しかし、一歩そこに固執するようになると、それはあなた自身の首を絞め、今まで以上に生きづらい人生を自分自身で強いることになりかねないんです。

私はこの泥沼にハマってしまった人を何人も見てきました。

なので今回はそうした「間違った正しい人」にならないよう、注意喚起と対策について解説していこうと思います。

この記事でわかること
  • 正しい人間であろうとこだわるとこんなデメリットが起きる
  • 正しくあろうとこだわる人の心理
  • 抜け出すための改善策

自信のなさが「正しさ」への執着を生む

自分に自信が持てない。

そんな人は決して少なくありません。

ですが、正しくあろうとする人は、その自身のなさから「正しさ」を間違った形で使い、結果として周囲から孤立しがちになってしまいます。

「自分には技術がない」
「知識も経験も足りない」
「他人と比べて誇れるものがない」

こうした感覚を抱えている人ほど、
自分の価値を内側ではなく、外側の基準に求めるようになります。

なぜなら、「正しくあること」は、
安心するための防衛手段になっているから。

理由は、

自分の中に正しさの価値基準がないので、周囲に否定されないよう、正しくあるためには、「周囲が正しいと言っていること」を肯定するしかないのです。

そうすることで他人から批判されるという不安をなんとかコントロールしようとしているのです。

より専門的な表現をするなら、

「正しい立場」によって自分の価値を保とうとする自己価値の外部化、と言ったところです。

正しければ否定されない。
正しければ価値がある。
正しければ居場所を失わない。

そう信じている。

だから自分のためではなく誰かのための正解で生きていくようになってしまう。

ですが、実はこの状況は非常に危険な状態と、私は警鐘を鳴らしたいと思います。

他人にとっての正解で生きるということは他人の価値観で生きるということ。

そもそも正しさや正解というの個々の価値観によって十人十色です。

なので他人の正しさに合わせて生きる、ということはその都度正しさの基準が自分の中で常に変動し続けることでもあります。

よくありがちなのが、付き合った恋人の価値観に染まり、別れて別の恋人ができたらまたその恋人の価値観に染まる。

このようにその都度価値観が変動し続けると、自己肯定感が際限なく低下していくことになります。

なぜなら、それは自分に嘘をつく行為というのが「心の自傷行為」と例えられるほど、実は自身の中にダメージとなっているからです。

気がつけば自分自身の中に何の基準も持てない、空っぽな人間になってしまいます。

私は常々、「自分だけの価値観を持とう」と何度も繰り返し発信してきました。

正しさの呪いは、最終的に自分自身を傷つけるだけでなく、人間性までも空洞化させてしまうリスクがあるのです。


正しさは必ず「正しくない人」を必要とする

正しさの呪いには、もう一つ大きなリスクがあります。

それは孤独になっていくということです。

なぜなら、正しさを主張すればするほど、人の心は離れていき、あなた自信が他人を傷つけずにはいられなくなるからです。

理由は

正しさを主張するためには、必ず
**「正しくない誰か」**が必要になるからです。

周囲に間違っている人がいるからこそ、
自分は正しい側に立てる。

そもそも周囲がみんな建設的で正しい人間に溢れているのなら、正しさを主張することはできません。

だからこそ正しさの呪いにかかっている人は
**「周囲が正しい人たちで溢れていくと、逆に不安になる」**という現象に陥ります。

これは、
「優越感による自己支持」が崩れる瞬間が不安を掻き立てるからです。

周囲が自分と同じように正しくなってしまうと、
自分の正しさが相対化され、特別ではなくなる。

すると、再び不安が顔を出す。

その結果、人はどうするか。

他人の粗を探し始める。
些細なミス、どうでもいい違いに目を向ける。

なぜなら、
「正しくない人」がいなければ、
自分の正しさを証明できないから。

正しさの呪いにかかると、最終的に他人を批判し、傷つけなければ自分の存在価値を保てなくなります。

これは、私はとても虚しい構造だと思う。


「正しさの呪い」と白黒思考

正しさを拗らせること。私はこれを、**「正しさの呪い」**と呼んでいます。

精神科に通院する多くの人に、この「正しさの呪い」を見かけます。決して少なくありません。

正しさの呪いにかかっている人にはある特徴があります。

それが物事をグレーで考えられず、白黒つけたがるという特徴です。

この呪いにかかると、思考は白か黒かの二択になります。
正しいか、間違っているか。
味方か、敵か。

その結果、
他人も許せなくなり、
同時に自分自身も許せなくなる。

だが本来、価値観とはもっと曖昧で、矛盾を含んだものなのです。

人それぞれ少しずつ違い、
完全に一致することなどない。

世界は本来、グラデーションでできているものなのです。

このグラデーションの世界を認め許せる人こそ、本当にメンタルの強い人だということを覚えておきましょう。


医療の現場で学んだ「まあ、いいか」

私は現在も医療従事者として働いていますが、
同じ職種であっても、考え方や手技は人それぞれ違うということをよく実感します。

「そのやり方、少し古いな」と思うこともあります。
それでも、患者に不利益がなければ、
あえて指摘しないようにしています。

重要なのは正しいか間違っているか、新しいか古いかではなく、患者の利益になっているかどうか、が最も重要なことだからです。

例えるなら、箸の持ち方がいい例でしょう。

箸の正しい持ち方は決まっていますが、多くの人は大小あれ癖のある持ち方をしているものです。

正しさの呪いにかかっている人は「箸はこうやって持つべきだ」と許すことができません。

見栄えが悪い、行儀が悪いと、
何かしら理由をつけて裁こうとする。

しかし、箸の操作で最も重要なのは持ち方が正しいかではなく、それによって食べ物が食べれているかどうかです。

多少持ち方が歪でも、その目的が果たせているならなんら問題ではないはずです。

正しさの呪いにかかっている人は、こうした物事の本質を見抜く能力が著しく欠けているのも特徴です。

自分で考えることせずに、既存の正解にしがみついてるのだから当然です。

完璧に正しい方法など、実は存在しないものです。

正しいとされている箸の持ち方も、所詮最初にそれを言い始めた個人の意見にすぎなのです。

あなたにとって「正しい」それは、本当に誰かを幸せにしているだろうか?

独りよがりの自己満足の、ただのこだわりになっていないだろうか?

仮にそれがあなたの強い価値観であるならもちろん否定しない。

しかし、どんなに崇高で美しい価値観も、他人に押し付ければただの老害です。

だからこそ私は、常にこう言い聞かせています。

「ま、いっか」

これは不思議と心の棘がなくな理、自分も他人も許せる魔法の言葉。

私の好きな言葉です。


未完成なままでいい

私がよく患者の皆さんに言っていた言葉があります。

それが「未完成なままでいい」です。

患者「私がしっかりしないと成功しないんです」

私「成功しないとダメなんですか?」

私は常に問いかけてきました。

すると患者は自分自身のこだわりが不思議と氷のように溶けていくようになります。

問いかけを繰り返すことで自分の矛盾に気づくようになるからです。

行き過ぎた正しさは、人を傷つける。
そして、自分自身の自由も奪ってしまう。

これは先にも前述したとおりです。

だから私は、あえて言いたい。

人は未完成なままでいい。
正しくなんて、あろうとしなくていい。

他人を傷つけなければ、多少道を踏み外してもいい。

未完成だからこそ、
人は自由に考え、創造できる。

正しさよりも、余白を。
裁くことよりも、許すことを。

グラデーションな世界を生きられる人間でありたい。

そう思って日々を送っています。

そのため、私は人間関係でのストレスは激減しています。

当時の私も正しさの呪いにかかった1人だったから。

そこから解放された時の開放感は、人生が180度変わり、見えるもの全てが別世界だったのを覚えています。

まとめ

はい、いかがでしたでしょうか?

この正しさの呪いにかかっている人は本当に多く見かけます。

重症な人から予備軍まで、私は周囲の人がただ窮屈そうに見えてなりません。

グラデーションの世界で白黒の生き方が窮屈なのは当たり前です。

グラデーションの世界にはグラデーションの生き方を。

それが社会に適応するということなのです。

それは決して自分を殺して迎合することではなく、自分も他人も許せるスキルを身につける。

ただそれだけなのです。

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