デート代は男が全額奢るべき?みんなに聞いてみた。

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男女が食事をしてデートをしている写真 お金の価値観
相談者さん
相談者さん

SNSで話題になっている、デート代って、やっぱり男が奢るべきなんでしょうか?

白ぶどう
白ぶどう

個人的には「相手による」が私の中の正解だと思っています。

相談者さん
相談者さん

というと・・・?

白ぶどう
白ぶどう

男性も嫌いな人には奢りたくないでしょう?相手との関係性や雰囲気など、時と場合によって異なるのではないでしょうか?

白ぶどう
白ぶどう

ひとまず、男が必ず食事を奢らなければ恋愛が成就しないという論理的根拠はないので、安心してください。

この記事でわかること
  • 男女別の意見
  • そもそも人間ってこういう生き物
  • 論争を避けるための考え方

男性の意見

私が知人への聴取やSNSなどで行ったアンケートの中で、最も多かった意見を参考に挙げました。

  • 「奢ること自体は別に気にしていない」
  • 「感謝ぐらいしてほしい」
  • 「気持ちよく奢りたいから雰囲気次第」
  • 「毎回奢ってほしい人って新手の恐喝だよねww」
  • 「奢ってもらうのが当たり前って思われたくない」
  • 「色々言われるのが面倒だから奢っとく」
  • 「毎回奢るのはしんどい」
  • 「SEXまでいけそうなときは奢る」
  • 「会計で財布を出す素振りもない女性とは付き合いたくない」
  • 「正直、可愛ければ奢りたくなる」
  • 「男女平等って言いながら都合のいい時だけ女を使うのがズルい」
  • 「割り勘とか格好悪い気がするので奢る派」
  • 「奢る派。でも金がある時だけしかデートしない」

このように、男性の中でもかなり意見が割れました。感覚としては半々くらいでしょうか。

印象としては、奢る側の人にも「見返り」を期待している印象を受けました。

嬉々として奢る人や、無条件で誰にでも奢る人は少数派でした。

加えて、私個人の意見としては、結婚など将来を見据えて本気で付き合う場合は、割り勘です。

それは「パートナー」として対等に接したいという思いがあるからです。

結婚後も共に働き、共に育児をし、共に家事をする。

一方的に支えるのではなく、お互いを尊敬し合い、支え合う関係を築きたいからです。

奢る、奢られるという、瑣末な問題で優劣関係をつけるのは望むところではない、というのが率直な意見です。

女性の意見

私の職場には看護師などの女性が多く在籍しています。ので、約半分が医療従事者の意見となっています。加えてSNSや知人などから意見を募りました。

  • 「奢ってくれると大事にされている気がする」
  • 「お互い自立してるんだから割り勘。借りを作りたくない」
  • 「私から誘ったときは奢る。」
  • 「気分かなぁ〜」
  • 「下心とかありそうだから割り勘。そもそも奢られる筋合いない。」
  • 「奢られないとデートって気がしない」
  • 「できれば奢られる方が嬉しい」
  • 「お金ないくせに毎回奢ってくるのが重い。拘ってないから割り勘がいいならそう言ってほしい」
  • 「毎回奢られると申し訳なくなっちゃうから、たまに割り勘」
  • 「男がご飯出してくれたら、私はスタバ奢る」
  • 「女がお会計するとヒモ男と一緒だと思われるから嫌。あとでこっそり食べた分渡す」
  • 「別に化粧品や新しい服は毎回買わないから関係ない」←件のインフルエンサーに対する感想
  • 「相手に任せる。奢ってもらえる人間とは思わないので」
  • 「割り勘の人ってクーポンとか使ってそうで草」
  • 「男の方がたくさん食べるのに割り勘は不平等感ある」
  • 「奢られたいを主張する人っておばさんが多いイメージ」
  • 「女性より男性の方が給料高い場合が多し奢られるべき」
  • 「私は彼氏より給料高いからどっちでもいい」
  • 「日頃の頑張りを労ってほしいから、奢ってほしい」
  • 「相手が年下なら私が奢る」

女性からは本当に多くの意見をいただきました。絞り込みに結構苦労しました。

その分、忌憚のない意見をもらえたような気がします。

話をしている印象だと、経済面でかなり左右される印象を受けました。

看護師が多いということもありますが、経済的に男性と大差がない場合は割り勘派。

職種によって給料が低めの場合は奢られる派と言った印象です。

とは言え、多くの女性ができるなら奢ってもらいたい、そう感じているようにも思いました。

一方的に「奢られるべき」というエッジの効いた意見は意外に少なく、基本は男性が奢りたまに女性が奢るなど、平等意識も見られました。

「男が奢るべき」が根付いた背景

そもそも、男がデート代を奢るべきとされていたのは昭和が最盛期です。

なぜなら、当時女性が社会進出している割合は今よりも圧倒的に低く、経済格差があったから。

そして、男性は女性よりも強い存在でいなければならない、そんな男尊女卑が美徳とされていた時代だったからです。

某番組で、竹田恒泰氏は「奢ること自体が上から目線の行為」と話しています。

これには私自身も共感できました。上司が部下へ、年上が年下へ、そして男が女へと、上下関係を彷彿させる言葉に聞こえるからです。

しかし現代は違います。経済格差もほとんどなく、何よりも男女平等が謳われる令和の時代です。

男性は必ずしも強い存在である必要はありませんし、女性の方が経済的に優れているカップルも多い。

「男が奢らないと振られてしまう」という論理的根拠はないのです。

SNSで「男が奢るべき」と発信している女性は、たまたまそういう考えの人であり、それが世界中の女性の総意ではありません。

現に日本でも、アンケートによると「男性が奢るべき」と回答した女性は全体の2割程度だとか・・・

何よりドイツなどヨーロッパでは割り勘が当たり前ですから、「男が奢るべき」という断固とした価値観そのものが少数派な印象すら窺えます。

最近は対等に付き合いたいという価値観から、「デート代は折半」というカップルも増えています。

それは、お金に関する価値観や、男女の在り方に関する価値観が時代によって変容してきた現れでもあると、個人的には解釈しています。

人は自分の大切なものにしか、お金を使いたくない

1千万円札が複数枚写っている画像

人間というのは、基本的に自分が最も大切な存在です。

時間も、労力も、お金も、願わくば全て自分のために使いたい。

そう思う生き物なのです。昨今の独身者が急増している背景とも言われていますよね。

「個」が尊重される時代だからこそ、自分を大切にする価値観が、従来までのお金の価値観と衝突しているのです。

デートでも結婚でも、自分が好きだと思える相手にしかお金を使いたくないというのが、男女ともに全ての人が持つお金の価値観と言えるでしょう。

まずはこうした人の本質を理解しておく必要がります。

辛辣な表現をするのであれば、奢ってもらえないのは、あなたがまだその男性に好きになってもらえていない証拠とも言えるでしょう。

価値観は他人に押し付けた時点で害毒

私自身は、「男が奢るべき」という価値観を否定するつもりはありませんし、「時代に合わせて割り勘だ!」などと断言するつもりもありません。

しかし、確実に言えることが「価値観は他人に押し付けた時点で害毒」であるということです。

価値観というのは他人や社会に翻弄されることなく、自分らしい自己実現を果たすため、自分のために使われて然るべきものなのです。

ですが、この社会は価値観の押し付け合いで溢れています。

  • 「〇〇するべきだ!」
  • 「〇〇するのが常識だ!」
  • 「普通〇〇でしょ!」   等々・・・

どうにも押し付けないと気が済まない、そう言った主張の強い人が多い気がします。

私から見れば、「みんな好きにすればいいのに」くらいにしか感じていません。

相手を自分の価値観で染めよう。変えてやろう。

そんな風に、相手に対する支配欲から、価値観を押し付けようとするのが人間です。

しかし多様性が叫ばれる昨今では、それこそ時代にそぐわない振る舞いと言えるでしょう。

「あなたの意見はよく分かった、でも私はそう思わない」そう言って気持ちの中だけでも決別するのが、お互いのためになるものです。

今回の「奢るべき問題」においても同様です。

「男はこうあるべき」と言う発言は、「女はこうあるべき」と言う一種の性別差別と同じです。

それは自身の中に留めておくのが良いでしょう。

どんなに美しい価値観も、他人に押し付けた時点で害毒となってしまうのですから。

結論:価値観の合う人と付き合えば良い

価値観、という視点からこの話の決着をつけるのであれば、「自分の価値観と会う人と付き合えばいい」が最適解と言えるでしょう。

奢ってほしい人は、奢ることに喜びを感じる人と。

割り勘が良い人は、平等意識のある割り勘を望む人と。

結局、背伸びばかりする関係というのは、お互い疲れますし、既婚者の立場で意見するのであれば、気を使わない相手というのが最も長続きします。

相手に求めすぎず、時に相手を尊重し、パワーバランスを考えた付き合い方がお勧めです。

まとめ

いかがでしたか?

時にSNSでは、思わぬ話題が浮上することがありますね。

これは社会全体の価値観が変わりつつある「変換期」だからなのかもしれません。

価値観は古くても、新しくてもいい。

しかし、相手に押し付けず、常に新しい価値観や考え方を取り入れることに臆病になりすぎるのも良くはありません。

同意できない意見にも共感は示せるはず。

互いの価値観がそんな風に尊重し合い、共存できる社会であってほしいものです。